尾張縞の歴史

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一宮市尾西歴史民族資料館では当時の尾張縞を見ることが出来ます。
一宮市尾西歴史民族資料館では当時の尾張縞を見ることが出来ます。

尾張縞とは

日本の繊維産地【尾州】で江戸時代にその発展となりルーツとなったの「尾張縞」という幻の独特な柄模様がありました。

江戸時代なかば頃から農間余業が盛んになり、独立した機部屋を持ち、2~3台の手織で家族労働か年季奉公人を1~2人おく程度の織屋が生まれてきました。
当時は寛大寺(菅大臣)縞・桟留縞などの木綿縞を生産、幕末ごろからは結城縞とよぶ絹綿混織織物が主流となりました。
織屋は独自の柄を織り出し、当時尾張縞の名で全国的に知られ、知多木綿とともに尾張を代表する織物でした。

尾張縞の模様

当時は、各機屋さんが切磋琢磨して競い合うようにして柄模様を開発しておりました。 今で言うストライプ柄がたて縞模様でチェック柄が格子模様です。 主にたて縞模様が数多くのバリエーションがあります。
尾張縞の模様
展示されている尾張縞の見本帳

復活した尾張縞

忘れてはならないのが、この尾張縞は江戸時代に一旦途絶えてしまった技法だということです。ぜひ、日本にある伝統技術を体験いただきたいと思います。

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